一日仕事をしてきて、保育園に迎えにいって、すぐ夕飯の支度して、洗濯物を回して、
子どもに食べさせて、お風呂に入れて。
その後もゆっくりできず、洗濯物を畳んだり、子どもを寝かしつけたりしているのに、
夫は知らんぷりで寝転んでテレビを見てる。
もう頭にきた。
いい加減、察してよ!!

慣れない海外出張から帰ってきて、商談もいまひとつ、時差ボケに疲労心労も加わってもうヘロヘロ。
旅先での食事も口に合わなかったし、家に帰ったらとりあえずほっとしたいし、何か食べたい。
ちょうど夕飯の時間だ。
・・・・と思っていたら、家族は外出中で家は空っぽ。食事の支度もできていない。
おいおいおい、いい加減にしてくれよ。
「どこをほっつき歩いてたんだ!」
疲れてるんだ、言わなくてもわかるだろう!


「言わなくてもそのくらい察してよ」 
心の声が聞こえてきそうです。

でも。

「言わなくても察する」ということは、
自分に起きている事を伝えなくても相手が把握していて、
かつ、それに対し、自分と同じように相手も感じたり考えたりする、
ということが前提となっていますよね。

残念ながら、人は見えない部分(行動だけでなく、気持ちなど心の中も含め)への想像力が欠如しがちです。
また、人は一人ひとり、感じ方や考え方が異なります。
相手が自分と同じように感じたり、考えたりすることの方が稀。

日々、様々な場面において密な会話や意見交換を繰り返してきたのならまだしも、
そうでないのなら、「察してよ」は、かなり難易度の高い要求です。

「相手が悪い、私は悪くない」という土俵に立っている間は、何も変わりません。

 「察して」文化から抜け出し、お互いの世界に起きている事を伝え合う文化にしませんか?




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